2013年7月31日水曜日

「ひねくれ経済入門」―書評『「わかりやすい経済学」のウソにだまされるな!―経済学的思考を鍛える5つの視点』


どーも、ご無沙汰しております!

仕事で書評記事を書きましたので、こちらに一部転載します。経済学やり直したいな〜、ちゃんと勉強したいけどハードル高いな〜と思っている方にオススメの本です。

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 本書は、日本経済や経済政策に関心を持つ一般の読者を対象とした、経済学の啓蒙書である。しかし、本書のタイトルからもわかるように、その内容は世に数多ある「●時間でわかる経済学」といった類の「わかりやすい」啓蒙書とは大きく異なる。

 筆者は、本書「はじめに」で、「複雑な、ひねくれた経済の見方を身につけよう」と説く。筆者によれば、この「ひねくれた経済の見方」こそ、経済に親しみのない一般の人々が「わかりやすい経済学のウソ」にだまされないために必要となる経済学の素養である。

「ひねくれた経済の見方」を習得するためには、経済における「trade-off(二律背反)」と「逆効果・反作用」という2つの視点が重要になる。筆者は、特に後者の「逆効果・反作用」を一般の読者が理解することで「経済がぐっと面白く見えてくるはず」と述べ、「本書では、この『逆効果・反作用』に徹底的にこだわって、経済の見方を示していく」とする。

 本書の構成は以下のようになっている。まず序章(「わかりやすい」経済論議には罠がある)では、政治家などが唱える経済に関する「耳障りのよいワン・フレーズ提言」と、経済学の複雑な経済分析の理論の乖離について指摘し、一般市民が政策提言の「穴」と「罠」に気づく視点としての「逆効果・反作用」の有効性を示している。 

 続いて第1章(「わかりやすさ」にだまされないための5つの視点)では、「trade-off(二律背反)」と「逆効果・反作用」をもとに、筆者は経済を考える具体的な視点として、「合成の誤謬」、「時間軸のずれ」、「セクターの違い」、「モラルハザード」、「社会目的との相克」という「5つの視点」を提示され、その解説と、「5つの視点」が経済論議にどのように関わるのかが示される。

 本書の中心となる第2章から第5章では、「財政赤字」、「デフレ問題」、「TPP」、「雇用政策」といった日本経済の主要政策課題を取り上げ、豊富な統計資料を手がかりに「逆効果・反作用」と「5つの視点」を用いた政策分析が行われる。

 そして終章(「経済学的思考で探る日本経済再生戦略」)では、筆者の「マクロ経済政策では、デフレ脱却、長期的な経済成長の加速は望めない」という立場から、主にサプライサイドの構造改革に焦点をあてた日本経済再生のための方策が示される。

 このように理論・政策分析・政策提言というかたちに分けられる本書であるが、やはり白眉は、経済学に馴染みのない一般の読者を対象として、政策の「逆効果・反作用」に着目して経済理論を整理し、経済を理解するための「5つ視点」を提示した点にあるだろう。「5つの視点」のなかには、「合成の誤謬」や「モラルハザード」といった経済学の教科書で必ず言及される経済学の基本原理も含まれており、それらを理論的な精度は維持しつつもポイントを限定してわかりやすく解説している点にも筆者の力量が現れている。また3章(「金融緩和でデフレ脱却」は本当にできるのか?)の量的緩和の経済刺激効果に関する分析は、金融論を専攻する筆者の真骨頂といえよう。ただ、本章において筆者が「有効な円高是正・円安誘導策はなさそうである」としている点は、第二次安倍政権において円高誘導が一定の成果を見せ、それが日本経済成長の足がかりとなっていることを考えると議論の余地があるだろう。

 本原稿の執筆は、第23回参議院議員選挙(201376日公示、721日投開票)の時期と重なった。そのため評者は数週間のあいだ、選挙戦の趨勢と本書の内容を見比べながら毎日を過ごしていた。2012年の衆院選と同様に今回の参院選も、経済および金融政策が選挙の主要争点の一つとなったが、それに関する政治家および政党間の議論、そして国民レベルの議論の高まりはいま一つであった。その原因のひとつには、本書が指摘する「経済の複雑さ、難しさ」があるだろう。

 経済学の習得は難しい。社会科学系の大学生のなかでも経済学の教科書を読了している学生はそう多くないだろうし、そのうちで経済理論を正確に理解している人はより限られるだろう。筆者は本書あとがきで、「『5つの視点』を教育現場で試してほしい」と述べている。

分厚い経済学の教科書に立ち向かう前に(あるいは立ち向かって敗れた後でも)、本書で経済理論に裏打ちされた政策リテラシーを習得することができれば、経済政策、経済ニュースを理解する素地を身につけることができるであろうし、広く政策を議論するために前提知識も得ることができるだろう。一般の読者はもちろん、政策に関心を持つ社会科学系の大学生および大学院生に広く薦めたい好著である。